鹿沼市から栃木市へ

2007.02.24 〔走行距離 約50km〕

鹿沼市から栃木市に抜ける道はたくさんあります。
しかし、今回走った道は、昔道。
大変歴史がある道であることが分かりました。

コースデータと標高グラフです。(カシミール3Dで作成)

JR日光線鹿沼駅です。
09:26に定時到着。
鹿沼駅は、海抜164.5m。知らなかった・・・。
しかし、今日は風が強い。
でも、北風なので、ほとんど追い風。ラッキー!
駅前には、結婚式があるのか、正装した若者がたくさんいました。
出ました、相乗り国道。
栃木県には、こういった国道が沢山あります。
しかし、三つの国道が相乗りとは・・。
鹿沼市内で、屋台の町中央公園に寄り道。
屋台って、お祭に使う山車の事だったのですね。
屋台の町って書いてあるので、てっきり・・・。
勘違いでした。
この祠は、二荒山神社の一の鳥居があった場所です。
鹿沼市は、日光例幣使道の宿場町。
日光例幣使道は、倉賀野宿から日光までの道です。
鹿沼土をとっている場所。
しかし、考えると変ですね。
鹿沼土は、さつき等植木に良いとされる土です。
しかし、こんなに山を削ってまで・・・。
いよいよ、峠道に入ります。
ところが・・・。あれ、こんな道、地形図にないよ。
しかし、GPSにはありました。
ちょうど「町の駅」と言う休憩所があったので、道の確認。
旧道は、この下を行くとのこと。
立派なトンネルが見えました。
歩道も道路一車線ほどあります。
トンネルを通れば楽できる・・・。
いやいや、やはり峠道。
頑張って、上りましょう。
大越路峠に到着です。
この道は、出流山と日光方面を結んでいたルートだそうです。
県道に整備したのは、昭和38年ごろ。
その前は、本当の山道だったそうです。
道の両側に桜が植えてあり、花が咲くころにもう一度来たい場所です。
と、言いながら、いつも時期を逃しています。
一度、下永野まで下り、今度は林道寺坂線です。
この林道を越えると、今回目当ての蕎麦が食べられます。
先ほどの林道に比べ、こんな林の中を走ります。
しかし、杉の花粉が・・・。
黄色い花粉が飛んでいるのが目に見えます。
と、目が痒い。花もムズムズ。
イヤー参った。
また、発病してしまった・・・。
このグルグルに絡み合った蔓。
木に巻きついているのかと思いきや、蔓同士が絡み合って大木になっています。
こんなの初めて見ました。
やっと、出流まで来ました。
蕎麦屋に入ろうとしたら、納屋の前に蕎麦の実が干してあります。
昔は、よく見た光景です。
茣蓙の上に干されている、蕎麦の実を見たのは何年ぶりか。
「いづる」と言う店に入りました。
ところが、びっくり。
家の居間のようになっているところを通り、その奥が店になっているのです。
靴をぬいて上がろうとすると。
子供たちの元気の良い「いらっしゃいませ」。
蕎麦は、2合半。
普通の蕎麦屋の倍以上。
奥信州の1.5倍くらいありました。
この写真からわかるとおり、子供が居間で遊んでいます。
本当に寛いでしまうお店です。
水、お茶、コーヒーは、セルフで飲み放題。
ビールは、違いますよ。(笑)
今回のコースで、失敗だったのが、葛生を通ってしまったこと。
ここは、石灰の精製工場が沢山あります。
町はご覧の通り、雪が降ったように真っ白。
埃だらけのところに、大型ダンプが通るため、たまりません。
花粉症の目と鼻に追い討ちをかけられました。
栃木市に入りました。
日光例幣使道を走ります。
栃木市も日光例幣使道の宿場町でした。
ここは、本陣跡。
立派な門が残っていました。
栃木市は、土蔵の町として有名です。
ここは、栃木病院。
大正2年に建てられたそうです。
色といい、この配色と言い。
私好みです。
しかも、現役の病院です。
栃木県旧県庁です。
この建物も、先ほどの栃木病院に良く似ています。
栃木市役所の分室として、今も使われています。
栃木県庁は、明治維新後、宇都宮と栃木に県庁が置かれたそうです。
しかし、最初は、栃木市に統合したのですが、その後宇都宮に移転したそうです。
この建物のそばには、県庁掘りと呼ばれている堀があり、当時の栃木城の堀だそうです。
巴波川(うずまがわ)沿いの蔵の街です。
栃木は、舟運で栄えた町です。
この川沿いに、蔵が結構残っていました。
こんな蔵も残っていました。
綺麗に復元して、立派なお店になっています。
自動車の部品を売っている店もありました。
本当は、小山まで走ろうと思ったのですが。
今日は、栃木駅まで。

久しぶりに旧街道も走れ、今回は、いろいろな収穫がありました。
また、違う街を走りたいと思います。